一年を24に分けたものを二十四節気と呼び、
それをさらに3等分ずつにしたものを七十二候と呼びます。
ひとつの節気で大体15日間、ひとつの候で約5日間です。
9月28日~10月2日頃は、二十四節気で言うと「秋分」、
七十二候は「蟄虫培戸(むしかくれてとをふさぐ)」と名付けられています。
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今回の七十二候は、
虫が冬ごもりのために土中に身を隠す時期という意味です。
「蟄」という見慣れない漢字が使われていますが、
一般的には「ちつ」と読みます。
この一字で「虫が土中にこもる」という意味があります。
漢字ネタでもう一つ。
なぜ「培」が使われているかというと、
「培」には「育てる(培養)」という意味以外に、
「土を盛る」という意味があるから。
虫たちがせっせと自分の身に土を被せて、
土中に潜る様子が浮かんでくるようで微笑ましいですね。
そんなわけで、今日は虫にちなんだお話です。
『堤中納言物語』という平安後期の短編集がありますが、
この中に「虫めづる姫君」というお話が入っています。
タイトルの通り、虫をこよなく愛する風変わりなお姫さまが主人公。
作中には10種以上の虫が登場しますが、
姫さまが特に好きなのは、なんと毛虫なのです。
手のひらに載せたり、じっくり観察したり。
お付きの侍女たちは怖がったり、気味悪がったりで、
姫さまの陰口を言う始末です。
侍女たちは、
姫さまが眉毛を抜いていないことに対して「毛虫みたい」と言ったり、
毛虫がたくさんいるから、冬になっても衣の心配をしなくていいと皮肉ったり。
言いたい放題です。
けれど姫さまはどこ吹く風。
虫を怖がらない男児たちに様々な虫を採集させて、
日々楽しんでいらっしゃるのです。
そんな姫さまですから、
物の道理をわきまえない非常識人かと思いきや、
実は現代の私たちも見習うべき、素晴らしい考えをお持ちなのです。
例えば、こんなことを言っています。
「人はすべて、つくろうところあるはわろし」
(人間っていうものは、取りつくろうところがあるのは、よくないよ。
自然のままなのがいいんだよ)
「人はまことあり、本地たづねたるこそ、心ばへおかしけれ」
(人間っていうものは、誠実な心を持って物事の本質を追究してこそ、
すぐれているといえるんだから)
ごもっともです。
映画『アナと雪の女王』の影響などにより、
「ありのまま」という言葉が大流行しましたが、
今から1000年も昔の平安時代のお姫さまが、
「自然のままがいい」「本質の追究が大切」だと言っているのです。
虫を愛するこの姫さまには、
他の人には見えない大切なものが見えていたのかもしれませんね。
姫さまの言動や嗜好は、
平安の貴族社会において決して褒められたものではありません。
しかし、そんな環境の中で自分の言いたいことを言い、好きなものを愛し、
自分の心のままに生きる姫さまは素敵だなと感じます。
※「虫めづる姫君」の現代語訳は、
蜂飼耳訳『虫めづる姫君~堤中納言物語~』(2015 光文社)から引用しました。